2021年度日本地理学会賞受賞者 - 日本地理学会

2021年度日本地理学会賞受賞者

優秀論文部門

佐藤廉也 会員

「森の知識は生涯を通じていかに獲得されるのか――エチオピア南西部の焼畑民における植物知識の性・年齢差――」地理学評論、第93巻第5号

本研究は,インドネシアのスマトラ中部リアウ州におけるアブラヤシ栽培の拡大と,移住者の動向に関連したフロンティア社会の生業変化による社会階層の上昇について,丹念なフィールドワークと現地聞取り調査によって,そのプロセスを明らかにした論文である.特に開拓空間への自発的な移住に着目して,個人農園経営への参入と経営規模拡大のプロセスを社会階層の流動可能性という視点から論じている点に大きな意義がある.リアウ州への移住者の主な生業を個人農園経営,企業農園労働,個人農園労働の三つに分け,各世帯主の生業変遷の詳細な考察を通じて,土地を持たない労働者が個人農園経営に参入した後,その経営規模を拡大させながら大規模経営者へと社会階層が上昇するメカニズムを模式図とともに明確に提示している.既存研究とは異なるフロンティア社会特有の階層移動の可能性を明らかにし,これまで等閑視されてきた自発的移住者に着目して考察を展開した独創性と新奇性は高く評価できる.また,地図や統計分析を上手く活用し,丁寧な論旨の展開のもと段階的に空間的スケールを絞り込み,対象地域へ焦点を定める手法は見事であり,有意義な地理学研究として認められる.

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若手奨励部門

安藤奏音 会員

「秋芳洞内の小気候と観光客への影響」地理学評論,第93巻第6号

日本の各地に分布する石灰岩地質の鍾乳洞は,地域の重要な観光資源となっている.本論文は,日本の三大鍾乳洞のひとつに数えられ,国内外から年間約50万人を集客する秋芳洞(山口県)を対象として,洞内の小気候が観光客の心身にいかなる影響を及ぼすのかについて検討したものである.気温,相対湿度,二酸化炭素濃度に関して気候学的に周到な計画のなされた観測が実施され,その観測データを先行研究の成果なども踏まえながら詳細に分析・考察し,洞内に分布する小気候の特性を明らかにしたことは高く評価される.入り込み客数が最大となる8月の状況を,最低となる2月と比較したことで,小気候の特性がより一層明確となった.特筆すべきは,気候分析から得られた知見を述べるだけでなく,鍾乳洞の観光利用に関する国際的推奨ガイドラインに対して,観光客の安全を確保するための条件を追加すべきという提言にいたったことであり,このことは学知の社会還元を具現するものとしても評価され,昨今のオーバーツーリズム問題の解決にも資する意義を有している.

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論文発信部門

坂本優紀 会員

「メキシコ合衆国ハリスコ州テキーラにおける観光地の形成」 GEO 第15巻第2号

日本でもなじみのある世界的に有名な蒸留酒テキーラの生産地として知られるメキシコ合衆国のテキーラを取り上げ,観光地としての空間形成をつまびらかにした論考である.1990年代後半以降に急激な観光地化を遂げたテキーラを,著者たちは黎明期・成長期・発展期・リゾート化期の四つに時期区分して分析する.各時期に観光地化を推し進めたアクターを行政機関,ツアー会社,蒸留所と見定め,既存の資源や伝統を活用するなどして観光空間が形成される段階的な過程を,街区の修景工事といった細部にわたる丁寧な記述を通じて明らかにした.すべてのアクターへの聞取り調査を含むフィールドワークを通じて得られた情報に基づきつつ,写真や地図をおりまぜて叙景する行論は,E-journalの趣旨である「一般社会に向けて平易な言葉で情報発信することにより,地理学(者)が社会的貢献を果たす」に十分な内容を有しているものと評価される.〈食〉や〈酒〉をめぐるツーリズムが注目を集めている日本の状況を逆照射しうる.すぐれた論考である.

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優秀著作部門

菅野 拓 会員

『つながりが生み出すイノベーション:サードセクターと創発する地域』(ナカニシヤ出版,2020年)

大規模災害とその復興過程におけるサードセクターの役割は,地域の復興・再生という点からも地理学において注目すべき点であり,災害という事象を超えて将来の社会と地域という広範な文脈においても評価されるべきである.これらの点において,本書では,東日本大震災の被災地においてフィールドワークを行い,被災者支援を行うNPOの当事者として働きながら行った研究成果がまとめられている.何年にもわたる腰を据えたフィールドワークは,研究意欲の継続性という点においても評価され,後進のよき手本となるものと考えられる.フィールドワークや資料の渉猟によって得られたデータは,非常に豊富であり,それらを散漫にならず的確に活用しながら論を進めている点においても優れた著書といえる.単に優れた事例研究に終わらせるだけでなく,サードセクターとイノベーションというより広範な観点から議論しようとしている点は,優れた災害研究であるだけでなく,それに留まらない可能性を示した点で高く評価される.

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著作発信部門

宇根 寛 会員

『地図づくりの現在形:地球を測り,図を描く』(講談社,2021年)

本書は,国土地理院での自らの経験を踏まえ,時代によって変化してきた地図の作成方法や測量方法などを丁寧に解説し,地図に関する正確な教養を身に着けられるものとなっている.地図という比較的身近なアイテムを出発点として,地図で表現できること,地図から理解できること,地図の作成,といった地理学の世界の一端をわかりやすく紹介する.大学の初期教育レベルの基本的な内容,最先端の知見や技術,さらには地図活用上の実用的情報まで,地図にまつわる多岐にわたる内容が一通り含まれる教養書としての意義は大きい.また,本書の出版を端緒とする,NHK視点・論点などマスメディアでの著者の活動は,地図に関する知見を広く発信し,その普及に貢献したと考えられる.地図に対する関心が広がる中で,地図アプリなど,ある意味で近年の身近な社会基盤・インフラになったともいえる地図作成の現場を広く紹介し,知見を普及した点で高く評価される.

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地理教育部門

該当なし

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学術貢献部門

渡邉悌二 会員

山岳地域における自然環境保全に関する地理学的研究と地域社会への成果還元に対する貢献

渡邉悌二会員は,国内外の山岳地域における自然環境保全に関する地理学的研究や,地域社会への成果還元による持続的社会の構築に精力的に取組み,多大な貢献を果たした.とくに,ネパールヒマラヤでは,氷河湖決壊洪水(GLOF)の可能性を調査し,住民とのリスクコミュニケーションを重ね,地域社会のリスク軽減を実現させた.これに対して2018年にネパール地理学会はLifetime Achievement Membership Awardを授与した.また,フューチャー・アースの研究イニシアティヴのひとつである国際研究プログラムGlobal Land Programme(全球陸域共同研究計画)の札幌および日本拠点オフィスディレクターとして国際連携に貢献し,さらに大雪山国立公園などの保全や,ジオツーリズムの運営に対する助言も行ってきた.北海道大学において留学生を含む多数の修士・博士を指導し,人材育成にも貢献した.これらの功績は学術的にも国際・社会貢献としても極めて顕著であり,学術貢献部門候補者としてふさわしい業績を有するものと考えられる.

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社会貢献部門

該当なし

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