2023年度日本地理学会賞受賞者 - 日本地理学会

2023年度日本地理学会賞受賞者

優秀論文部門

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若手奨励部門

鈴木修斗 会員

「軽井沢町およびその周辺の新興別荘地区における現役世代のアメニティ移住」地理学評論,第96巻第1号

本論文において,著者は軽井沢町周辺へのアメニティ移住者に対して詳細なインタビュー調査を行い,移住動機や転入先の選択要因,移住後の日常生活と居住環境への評価,永住意識を詳細に検討し,移住者自身のライフコースや価値観,前住地(東京圏)の住宅・労働市場との関わりから考察した.田園回帰に代表される日本の既往研究が政策論に傾倒しているのに対して,本研究は近年の欧米圏における社会的・文化的視点に基づいたライフスタイル移住に関する研究の潮流を踏まえたものになっている.また,これらの分析を通じて,東京一極集中の是正という喫緊の政策課題に示唆を与える知見が提示されており,実証研究としての地理学の重要性を示した研究として評価できる.

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論文発信部門

大矢幸久 会員

「地域像を再構成する社会科地誌学習の構成原理」 GEO 第18巻第1号

本論文において,著者は,地理の学習において従来から広く展開されてきた社会構成主義的な立場についての問題を提起し,社会実在主義的な立場に立つことの重要性を指摘した.「社会構成主義から実在主義へ」という近年の哲学的議論の重要な潮流を地理の学習に適用して展開した論考や,論点の根本性・普遍性という観点で評価できる.また,新しい「構築物―再構成型地誌学習」モデルを提起している点において,示唆に富んだ論文として評価できる.

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優秀著作部門

杉江あい 会員

『カースト再考:バングラデシュのヒンドゥーとムスリム』(名古屋大学出版会,2023年)

本書は,バングラデシュに存在するカーストを含む多様な集団が相互に交錯する過程を宗教の別をこえて,社会空間という観点から解き明かした著作である.著者が大学生の時から進めてきたバングラデシュの農村部におけるフィールドワークの集大成として位置づけられる労作である.本書では,ルフェーブルをはじめとする多くの理論的・実証的研究を読み込みつつ得られた研究課題に対して,集落の中で長期にわたって生活しながら集落内の社会について定点観測するとともに,宗教的活動や富の分配などに注目して,聞き取り調査を含めた多様な手法で情報を収集し,分析・考察を展開している.さらに著者は,そこから得られた「ムスリム社会の中にも存在しているカースト」という貴重な知見すら脱構築していく必要性を認識しており,今後の研究のさらなる発展も期待できる.ヒンドゥー社会については,従来からマジョリティであるインド社会を中心に検討されてきたが,ムスリム社会の中でのヒンドゥーについて検討した本書は,これまでの議論とは異なるカースト論を展開している.地理学だけではなく周辺領域に対しても大きな学問的影響を与えうるものであり,本書は本学会賞にふさわしいと考えられる.

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著作発信部門

羽田康祐 会員

『地図リテラシー入門―地図の正しい読み方・描き方がわかる』(ベレ出版,2021年)

本書は,地図を作る側の視点から主題図,地図投影法,地理情報システム(GIS)を網羅的に解説した著作である.1990年代以降,インターネットを通して地理情報が多種多様に視覚化されて流通するようになってきた.その結果,紙媒体の地図や地形図が遠い存在になる一方で,PCやスマホを使った地図・地形図アプリやカーナビなどが日常生活の中で容易に使えるようになってきた.リテラシーに準じていない地図に接する機会が増え,誤った地図の使われ方が氾濫する現代社会の中で,地図を正しく扱えるスキル(地図リテラシー)を身につけることの重要性や,地図作製者側の視点から地図の正しい読み方や作り方を解説している.本書は,地図リテラシーの向上を通して,生きるために必要な地理学的素養を一般に広めることを可能とする著作であり,特に紙媒体の地図・地形図離れが進む若者にとって貴重な一冊である.こうした観点から著作発信部門の書籍として高く評価でき,本学会賞にふさわしいと考えられる.

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地理教育部門

小橋拓司 会員

GIS の活用、探究活動推進による地理教育発展への多大な貢献

小橋氏は,兵庫県の高等学校教諭として,長年にわたり地理教育において指導的な役割を果たしてきた.自然地理学を専門とするが,GISの地理教育への活用などでも先駆的な実践教育を行ってきた.実践研究の一部は,日本地理学会や人文地理学会,日本地球惑星科学連合の大会等で発表されている.また,国際地理オリンピック日本委員会実行委員として,2013年京都大会を成功に導き,以降も国内大会の問題作成などにかかわってきた.
氏が勤務した加古川東高校は文部科学省のスーパーサイエンスハイスクールに指定されていたが,氏は「探究活動」の指導の中核的教員であった.氏の指導は,いわゆる地理教育の範疇を超えた広がりを持つもので,探究活動の成果は,日本地理学会ほか人工知能学会などで生徒によって発表され高く評価された.
こうした地理教育実践者としての氏の活動は,日本地理学会賞(地理教育部門)にふさわしいと考える.

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学術貢献部門

伊藤達雄会員・鈴木康弘会員

共著書『持続的社会づくりへの提言―地理学者三代の百年― 』の刊行(2023年、古今書院)等による 社会における地理学の普及・啓発への貢献

両氏は,2023年8月,持続的社会づくりへの提言―地理学者三代の百年を上梓した.本書では,これまで伊藤郷平・伊藤達雄そして鈴木康弘の3氏がそれぞれ,社会にむけて地理学の視点からは何を発信してきたかがまとめられている.地理学者が社会にどうかかわっていくのかを示唆しており,学術研究に基づく社会への貢献の在り方を示している.
伊藤達雄氏は,今日においても三重大学在職中に始まった「都市環境ゼミナール」を主宰し,地域社会に大きく貢献している.また鈴木康弘氏は,現在,日本地理学会災害対応委員会委員長として活躍しており,一般社会に向けての発信も多い.地理学の普及啓発への功績は大きいことから日本地理学会賞(学術貢献部門)にふさわしいと考える.

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社会貢献部門

全国へそのまち協議会

「へそのまち」による市町村連携のもと「風土や文化の相互学習」「産業・文化振興」等でまちづくりを進め 地理学への関心を高めたことによる多大な貢献

「日本の中心・まんなか」は一体どこにあるのか.地理学徒であれば一度は考えたであろう問いである.「全国へそのまち協議会」は,「へそのまち」を表明している9市町村によって構成され,互いに連携し活力と魅力ある地域づくりを進めようという趣旨で,風土や文化の相互学習,産業や文化の振興など,地域づくりの新しい発想をシェアする活動を行っている.本協議会では,毎年輪番制で総会行事や観光物産展などを行い,交流を深めるほか,加盟自治体が全国に点在しているという地理的特性を生かし,「へそ」で結ばれた絆のもと,災害時の応援体制を定めた相互応援の覚書も締結している.
日本地理学会では2020年のオンライン行事において,本協議会の加盟自治体のほか,NHKの著名番組でも取り上げられ,全国的に有名になった長野県辰野町を招聘し,このテーマに関する討論会を行った.「日本の中心・まんなか」を地域資源と位置づけた自治体の取り組みは,「地理学」への関心を高めた.

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