地理学評論 Vol. 96, No. 6 2023年11月 - 日本地理学会

●――会長講演
日本の地域政策への地理学の貢献 松原 宏・445‒464

●――論説
社会調査と学生調査員のまなざしがとらえた高度成長期神奈川県の内職
 ──地域性,階層性,歴史性── 中澤高志・465‒490

 

●――書評
石川良文編著: コロナの影響と政策――社会・経済・環境の観点から(松山 洋)・491‒492

日本地理学会監修,山本健太・長谷川直子編:
 地理がわかれば世界がわかる!すごすぎる地理の図鑑(荒木一視)・493‒494

 

学会消息・495
会  告・表紙2, 3および496-498
 2024年春季学術大会のお知らせ(第2報)・表紙2, 3

 

会長講演

日本の地域政策への地理学の貢献

松原 宏
福井県立大学地域経済研究所

本稿では,国土政策,産業立地政策,地域イノベーション政策を取り上げ,それぞれの歴史を振り返り,地理学との関わりが大きな論点に着目し,地理学が果たすべき役割を検討した.戦前に起源をもつ国土政策が,戦前から戦後にかけて連続性と非連続性の両面をもつことは,地理学徒の足跡からも確認できる.21世紀の国土のグランドデザインにおいて,「国土軸」に対し,地理学から「地域連携軸」を提起した点は重要である.今後は,デジタル化を活かした「地域生活圏」のあり様が検討課題となる.産業立地政策については,工業分散に代わり産業集積に重点が置かれるが,都道府県に対して,国の役割が問われるとともに,包摂的成長を考慮した立地政策が求められている.地域イノベーション政策については,知識の空間フローと場所固着的な技術軌道に着目する複眼的視点が必要となる.以上,地理学の社会的価値に自信をもって,積極的に打って出ることが重要である.

キーワード:国土政策,産業集積,産業立地政策,地域イノベーション,包摂的成長

(地理学評論 96-6 445-464 2023)

 

論説

社会調査と学生調査員のまなざしがとらえた高度成長期神奈川県の内職──地域性,階層性,歴史性──

中澤高志
明治大学

本稿では,神奈川県において実施された社会調査とそれに従事した学生調査員の手記を併用して,高度成長期における内職の存立形態を地域性,階層性,歴史性の観点から分析する.内職は職種によって地域分化しており,駐留軍・特需関連産業への依存度の高い地域で内職の必要性が高いという地域性がみられる.階層性の観点からは,低収入の世帯ほど内職者を擁する傾向は変わらないものの,経済成長の過程で内職に期待される家計への寄与度に対応して,職種や働き方が選び取られるように変化した.学生調査員の手記は,内職をめぐるミクロな地域性と階層性の関係性を描き出す一方で,調査経験を通じて内職に対する学生調査員の先入観はむしろ強化されたことを示唆する.学生調査員の手記は,調査に関与した諸主体の意識の違いがさまざまに絡み合い,結果として生み出されるデータに反映していたことを示していた.この知見は,社会調査史の発展にも寄与しうる.

キーワード:社会調査史,内職,地域性,階層性,歴史性,神奈川県

(地理学評論 96-6 465-490 2023)