地理学評論 Vol. 93, No. 4 2020年 7月 - 日本地理学会

●――総 説
英語圏の人文地理学におけるメンタルヘルス研究の展開 松岡由佳・249–275

 

●――短 報
試作関連ネットワークの形成を通じた機械工業集積の維持・強化――京都と四日市の地域間比較を通じて―― 
加藤秋人・276–296

町家のゲストハウスへの再利用と地域に及ぼす影響――京都市東山区六原を事例に―― 
池田千恵子・297–313

 

●――書 評
小泉武栄: 地生態学からみた日本の植生(チャクラバルティー・アビック)・314–315

ピエール・アド著,小黒和子訳: イシスのヴェール 自然概念の歴史をめぐるエッセー(小野有五)・316–318

黒田龍之助著: チェコ語の隙間――東欧のいろんなことばの話(一ノ瀬俊明)・319

小泉武栄: 日本の山ができるまで――─五億年の歴史から山の自然を読む(清水長正)・320–321

嶋田 純・細野高啓編: 巨大地震が地下水環境に与えた影響――2016 熊本地震から何を学ぶか(榧根 勇)・322–324

荒井正剛: 地理授業づくり入門――中学校社会科での実践を基に(志村 喬)・325–326

本岡拓哉:「不法」なる空間にいきる――占拠と立ち退きをめぐる戦後都市史(福本 拓)・327–328

澤柿教伸・野中健一・椎野若菜編: フィールドワークの安全対策(福井幸太郎)・329–330

 

前島郁雄先生のご逝去を悼む・331–332

 

地理学関係博士論文要旨(2019年度)・333–339

学界消息・340–342

日本地理学会春季学術大会および臨時総会・春季代議員会記録・343–346

会  告・表紙2 および347–349

2020年秋季学術大会のオンライン開催について・表紙2

 

総説

英語圏の人文地理学におけるメンタルヘルス研究の展開

松岡由佳
奈良女子大学大学院生

英語圏の人文地理学では,1970年代からメンタルヘルスが研究テーマの一つとなってきた.本稿は,そうした研究の展開に注目し,研究の背景や論点,アプローチを整理するものである.戦後の欧米諸国における脱施設化に関心を寄せた地理学者たちは,近隣環境や公共サービス,福祉国家の再編の視点から,メンタルヘルスについての研究をスタートさせた.1990年代には,史資料や当事者の語りに依拠して,狂気の歴史や精神障がい者の「生きられた地理」を明らかにする研究が台頭した.それらの研究における精神障がい者のアイデンティティへの関心は,2000年前後になると,精神障がいというカテゴリーの内にある微細な差異を,感情や癒しの側面から検討する研究へと発展した.研究者の関心のシフトや,学際的な志向の強まりがみられる近年は,ジェンダーやエスニシティをはじめとする多様な差異との関連においてメンタルヘルスをとらえるアプローチが盛んとなりつつある.

キーワード:メンタルヘルス,脱施設化,差異,生きられた地理,感情

(地理学評論 93-4 249-275 2020)

 

 

短報

試作関連ネットワークの形成を通じた機械工業集積の維持・強化――京都と四日市の地域間比較を通じて――

加藤秋人
東京大学大学院生

国内工業においては研究開発機能への資源集中が進み,それに応じて中小企業も試作・開発機能強化が進む.いくつかの集積地域では中小企業のネットワーク化による企業間連携の深化を通じ,試作・開発機能の強化を試みている.本稿は京都と四日市の2地域を事例に,中小企業ネットワーク参加企業を分析し,集積地域の質的変容,すなわち当該ネットワークが参加企業間の連携強化をいかにもたらしたか,比較により明らかにすることを目的とした.その結果,京都地域では100社以上が階層的な組織を構築し,各企業が緩やかにつながりさまざまな需要に対応していた.一方,四日市地域では参加16社が厚い信頼関係を構築して共同開発を行い,集積の深化につなげていた.その背景には,多様な受発注先が厚く集積する京都地域と,同地域に比べて集積の厚みに欠ける四日市地域という,両地域の特性が影響しており,それに応じた企業間連携と,試作・開発の取組みが行われていた.

キーワード:試作開発,産業集積,企業間ネットワーク,機械工業,中小企業

(地理学評論 93-4 276-296 2020)

 

 

町家のゲストハウスへの再利用と地域に及ぼす影響――京都市東山区六原を事例に――

池田千恵子
大阪成蹊大学

本稿は,京都市で町家ゲストハウスが急速に増加したことを受け,その町家ゲストハウスの現状および地域に及ぼす影響について明らかにすることを目的とするものである.京都市内でも町家ゲストハウスの増加が顕著にみられる東山区六原を研究対象地域とし,統計データや聞取り調査などを基に,これまでその有効性が多く指摘されてきた町家再利用という現象の社会的インパクトについて,地域的視点からより具体的に検証した.その結果,細街路を有する住宅密集地域内に多く立地するという特徴,またそのために地域社会内では騒音やゴミ等の問題が発生していること,これらの問題に対し地域住民による積極的な働きかけが一定の成果を上げていること,さらに同地区内での地価高騰を誘発している状況が明らかにされた.そして,こうした地域社会への影響に,ツーリズムジェントリフィケーションの一端が見いだされることを指摘した.

キーワード:町家,空き家,リノベーション,ゲストハウス,ツーリズムジェントリフィケーション

(地理学評論 93-4 297-313 2020)