地理学評論 Vol. 92, No. 3 2019年 5月

●―会長講演
知識情報社会への転換を妨げる日本の地域システムと地理学界への期待 戸所 隆・135‒152

 

●―論 説
インド・デリーのインフォーマル工業部門における産業集積の存立構造 宇根義己・友澤和夫・153‒174

異なる時間スケールでみた阿多溶結凝灰岩における遷急点の後退速度 高波紳太郎・175-190

 

●―書 評
シリーズ〈地誌トピックス〉全3 巻(田林 明)・191‒193
1. 矢ケ﨑典隆・山下清海・加賀美雅弘編: グローバリゼーション――縮小する世界
2. 矢ケ﨑典隆・菊地俊夫・丸山浩明編: ローカリゼーション――地域へのこだわり
3. 矢ケ﨑典隆・森島 済・横山 智編: サステイナビリティ――地球と人類の課題

永山ゆかり・吉田 睦編: アジアとしてのシベリア
――ロシアの中のシベリア先住民世界 アジア遊学227(松山 洋)・194‒195

 

 

学界消息・196‒197

会  告・表紙2および198‒202

2019 年秋季学術大会のお知らせ(第2報)・表紙2

 

 

 

会長講演

知識情報社会への転換を妨げる日本の地域システムと地理学界への期待

戸所 隆
高崎経済大学名誉教授

知識情報社会の今日,工業社会で世界最先端にあった日本は,東京と他地域との格差拡大と相対的国力低下問題を抱える.情報革命を牽引するコンピュータシステムは水平ネットワークの横型社会を指向するが,日本の地域社会システムや意識構造は基本的に中央集権型政治行政に代表される垂直ネットワークの縦型社会で,その齟齬が成長を妨げている.この是正には首都機能移転による水平ネットワーク型国土構造への転換と日本人の意識変革が求められる.地理学は時代の転換期に日本を創る基盤として大きな役割を果たしてきた.過去・現在のみならず未来に向かっても文理融合,俯瞰的視点から社会に地理学の研究成果を発信することと地理教育の振興が重要となる.しかし,国民の地理的認識力・地理教育基盤が弱体化している.そのため総合的体系的な地理学研究・教育の場として,地理学部創設が多くの大学に必要である.

キーワード:知識情報社会,水平ネットワーク,首都機能移転,グランドビジョン,地理学部創設

(地理学評論 92-3 135-152 2019)

 

 

 

論説

インド・デリーのインフォーマル工業部門における産業集積の存立構造

宇根義己・友澤和夫**
金沢大学,**広島大学

インド・デリー首都圏のムスリム居住地ジャミア・ナガルに展開する繊維・縫製産業を事例に,都市インフォーマル部門における産業集積の存立構造を明らかにした.調査対象の作業場における現場労働者,経営者は主に低所得州の農村地域出身であり,当該地域における地縁・血縁関係を基盤にして人材が当地へ供給されている.作業場は卸売・輸出業者との近接性を活かした高い接触頻度により,賃加工型の受注を獲得している.また,デリーの卸売・輸出業者によるサプライチェーンの一端を担うことが当集積の存立をもたらしている.現場労働者の生活環境は良好とはいえないが,出来高制を基本とした長時間労働のため,フォーマル部門の労働者の最低賃金以上の収入を得る者もある.また,現場労働者から作業場の経営者となる経路が確認された.現場労働者による起業を可能としているのは,多額の投資を必要としないことや労働力の確保が容易な点などであった.

キーワード:インフォーマル部門,繊維・縫製産業,産業集積,労働市場,インド

(地理学評論 92-3 153-174 2019)

 

 

 

異なる時間スケールでみた阿多溶結凝灰岩における遷急点の後退速度

高波紳太郎
明治大学大学院生

薩摩半島の川辺盆地周辺において,基盤地形に応じて階段状に堆積した阿多溶結凝灰岩に発達する遷急点群の平均後退速度を明らかにした.特に永里川における後退期間の大きく異なる2遷急点での結果から,最終氷期中の降水量減少が岩盤侵食速度を低下させたかどうかを考察した.現地露頭調査や掘削資料に基づく阿多火砕流堆積時の原地形の復元により,遷急点形成当初の位置を推定し,その現在までの後退距離および長期的な平均後退速度を求めた.短期的な後退速度の算出には人工の曲流短絡で生じた遷急点を用いた.結果,遷急点の平均後退速度は11万年間で2.0~2.6cm/年,最近315年間では0.8~2.0cm/年と推定され,氷期を含む長期的な速度が温暖期に限られた短期的な速度をやや上回った.過去11万年間の薩摩半島では,気候変動に伴う河川流量,すなわち降水量の減少による岩盤侵食速度の極端な低下はなかったことが,地形学的に強く示唆された.

キーワード:遷急点,後退速度,溶結凝灰岩,阿多火砕流,川辺盆地

(地理学評論 92-3 175-190 2019)