地理学評論 Vol. 90, No. 2 2017 年 3 月

●―論 説
長崎県における医療情報システムの普及過程
中村 努・67‒85
名古屋市那古野地区における街路への鉢植えのあふれ出しと住民管理
山本晴奈・86‒104
石狩低地における湾頭デルタの前進とデルタプレインの発達
石井祐次・105‒124
 
●―短 報
明治期東京におけるアドレスジオコーディングシステムの構築
石川和樹・中山大地・125‒136
JAによる卸売市場の集約化とその背景
──JAつがる弘前を事例に──
栗林 賢・137‒149
 
●―書 評
池田 碩:
1995.1.17 大震災と六甲山地――写真によるその変形・変状の記録(20年間の経年変化)(黒木貴一)・150‒151
舘野和己・出田和久編: 
日本古代の交通・交流・情報3──遺跡と技術──(溝口常俊)・151‒153
 
市川健夫先生のご逝去を悼む──「市川地理学」の私たち──・154‒155
 
2017年春季学術大会プログラム・156‒184
 
学界消息・185‒186
 
会  告・表紙2,3および187‒189
2017年秋季学術大会のお知らせ(第1報)・表紙2
 
 
 

 

論説

長崎県における医療情報システムの普及過程

中村 努
高知大学教育学部

本稿は,医療供給主体間の関係から長崎県における医療情報システムの普及過程を明らかにした.大村市で構築されたシステムは,参加施設数の増加ペースをあげながら県全域に普及した.県内スケールでみると,普及促進機関による協調行動が,異なる利害をもつ主体による共通のシステムの運用を可能にした.また,普及促進機関による職能団体との協調およびコスト負担の軽減を通じて,市町の領域を超えてシステムが普及した.市町内スケールでみると,長崎市や大村市では,地域医師会や地域薬剤師会における信頼関係が,診療所や薬局のシステムの普及に重要な役割を果たしていた.システムの普及は単なる技術的な問題ではなく,地域間で異なる職能団体の特性に依存することが明らかになった.本稿の結果は,情報通信技術が社会インフラとして機能するため,その普及や効果に地域差が生じる要因をさまざまな空間スケールから解明することの必要性を示唆している.

キーワード:情報通信技術,医療情報システム,普及過程,職能団体,長崎県

(地理学評論 90-2 67-85 2017)

 

論説

名古屋市那古野地区における街路への鉢植えのあふれ出しと住民管理

山本晴奈
名古屋大学大学院生・日本学術振興会特別研究員

鉢植えの緑は都市の路地空間の緑化に貢献するが,規模が小さくその分布を広域的にとらえることは難しい.本稿では,名古屋市那古野地区において敷地外に置かれた「あふれ出し」の鉢植えの分布を調査し,道路幅員との関係,および住民による鉢植えの管理や住民間の交流との関係を明らかにした.その結果,(1)幅員4 m以下の路地では敷地の内と外のいずれかに設置場所が二極化するのに対し,幅員4~8 mではその両方に並置するケースが増加し,幅員10 m以上では地先への設置が多く見られた.(2)街路へのあふれ出しには交通に用いられない空間(デッドスペース)を利用していた.(3)設置者は,周辺住民との交流や各自の生活習慣に合わせて鉢植えの可動性を活かした柔軟な管理を行っていた.以上から,特に広幅員街路では,狭幅員の路地と同等かそれ以上の規模のあふれ出しが見られると同時に,多様な住民間の交流を通じて管理されていることが明らかとなった.

キーワード:都市緑化,鉢植え,路地,公共空間,住民管理,あふれ出し,ゲリラ・ガーデニング

(地理学評論 90-2 86-104 2017)

 

論説

石狩低地における湾頭デルタの前進とデルタプレインの発達

石井祐次
名古屋大学大学院生・日本学術振興会特別研究員

河成層のみならず泥炭層が厚く形成された石狩低地において,湾頭デルタの陸化の過程とデルタプレインの発達過程を明らかにした.湾頭デルタの前進に伴う潟湖の埋積と陸化は,海水準上昇速度の低下した約8,000年前に始まり,上流側から下流側へ向けて進行した.陸化直後には河成層の形成が活発ではなく,泥炭層が形成される場合が多かった.約5,600~3,600年前以前にはクレバススプレイの形成やアバルションが生じており,上流側のデルタプレインでは,陸化直後から約200~600年間以上にわたって形成された泥炭層を覆って,河成層が形成された.約5,600~3,600年前以降には東アジア夏季モンスーンの弱化に伴う降水量の低下により河川流量が減少し,低地全体で河成層の形成が不活発となることで,泥炭地が広域的に発達するようになった.その結果,約6,500~6,000年前に陸化した下流側のデルタプレインでは陸化以降,流路付近を除いて泥炭のみが堆積し続けた.

キーワード:デルタプレイン,湾頭デルタ,アバルション,泥炭層,石狩低地

(地理学評論 90-2 105-124 2017)

 

短報

明治期東京におけるアドレスジオコーディングシステムの構築

石川和樹・中山大地**
首都大学東京大学院生,**首都大学東京都市環境科学研究科

近年,地理情報システムを用いた歴史地理学研究が活発化しており,歴史的な地理情報の整備が進んでいる.しかし整備には多くの時間を費やし,また大量の歴史的な地理情報の取得や作成に適したシステムの整備は不十分である.住所を位置座標に変換する手法であるアドレスジオコーディングを用いたシステムは存在しているが,どれも現在の住所を対象とするものであり,明治・大正期の住所は扱うことができない.そこで本研究では旧東京市15区の住所を位置座標に変換するシステムを構築し,歴史的な住所を位置座標に変換する作業の効率化を図った.処理時間について計測を行った結果,十分実用的な速度で動作することを確認した.また,時期の異なる住所による認識率の比較を行った結果,1890年代から1920年代の住所において高い認識率を示すことが明らかとなった.構築したシステムは「近代東京ジオコーディングシステム」という名称で公開した.

キーワード:GIS,明治時代,東京,住所,ジオコーディング

(地理学評論 90-2 125-136 2017)

 

短報

JAによる卸売市場の集約化とその背景──JAつがる弘前を事例に──

栗林 賢
北海道教育大学旭川校

本研究では,JAの合併に伴う取扱量の増大を背景とした卸売市場の集約化がどのようにして展開しているのかを,JAつがる弘前によるリンゴ出荷を対象に明らかにした.その結果,卸売市場への出荷は,産地での袋詰めや希望価格の実現性の低さなど産地側の負担が大きいものの,JA内で在庫が発生した際などに大量出荷可能な大都市の市場への量的集中がみられた.その一方で,大量に出荷することのできない市場でも価格や等階級指定の緩さといった取引上の優位性がある市場や出荷量の増加要求のあった市場への出荷は増加傾向にある.しかし,同じ少量出荷している市場でも,取引に優位性のない市場への出荷は減少傾向にある.そのような市場と多量出荷可能な市場間での出荷するリンゴの等階級の重なりが,より一層少量出荷型市場からの撤退を促し,多量出荷可能な市場への集約化を進行させていることもわかった.

キーワード:卸売市場出荷,JAつがる弘前,リンゴ,農協合併

(地理学評論 90-2 137-149 2017)