地理学評論 Vol. 95, No. 1 2022年 1月 - 日本地理学会

●――論 説
長野県白馬村のスキーリゾートにおけるホスト化した外国人の役割
 ──リゾート発展プロセスにおけるアクターの変遷に着目して──
 吉沢 直・1–24

 

●――短 報

光ルミネッセンス年代測定法を用いた武蔵野台地西部における礫層の堆積年代測定
 林崎 涼・鈴木毅彦・25-41

大都市工業集積地外縁部における中小企業間交流の形成と機能
 ──神奈川県川崎市高津区下野毛地区を事例に── 麻生紘平・42-58

飛騨山脈の立山西面における砂根山の形成 川澄隆明・59-74

インド北西部ラダックにおける農村の変化 神品芳孝・75-88

 

●――書 評
山口泰史:若者の就職移動と居住地選択──都会志向と地元定着(井上 孝)・89-90

佐々木高弘:シリーズ妖怪文化の民俗地理 4 妖怪巡礼(本多健一)・91-93

 

学界消息・94-95

2021年日本地理学会秋季学術大会および秋季代議員会記録・96-98

会  告・表紙2,3および99-100

 2022年日本地理学会春季学術大会のお知らせ(第3報)・表紙2,3

 

論説

長野県白馬村のスキーリゾートにおけるホスト化した外国人の役割
 ──
リゾート発展プロセスにおけるアクターの変遷に着目して──

吉沢 直
グルノーブル・アルプ大学大学院生**筑波大学大学院生

本研究は,長野県白馬村のスキーリゾートにおけるインバウンド発展に伴い登場したホスト化した外国人の役割を明らかにするため,彼らの事業内容およびリゾートタウンの変容を分析した.また,彼らの役割をリゾートにおけるアクターの変遷構造を踏まえ,日本人アクターとの関係性の中でとらえた.外国人は宿泊業を中心に他業種に事業拡大を行い,リゾートタウンに外国人経営の宿泊・飲食施設が増加し,外国人の滞在形態に適したサービスが付与された.彼らはスキー観光衰退を経験した日本のスキーリゾートの更新を進めていた.また,彼らは参入時期により事業内容や日本人アクターとの関係性が異なる.日本では諸外国に比べて後発的にインバウンドが発展し,スキーリゾートに留まらず,さまざまな目的地におけるアクターが日本人から外国人へと交代している.今後,そうした実態を分析することが,日本独自の目的地の構造的変容をとらえる上で重要である.

キーワード:観光アクター,外国人ホスト,スキーリゾート,インバウンド・ツーリズム,白馬村,日本

(地理学評論 95-1 1-24 2022)

 

短報

光ルミネッセンス年代測定法を用いた武蔵野台地西部における礫層の堆積年代測定

林崎 涼・鈴木毅彦**
電力中央研究所**東京都立大学

光ルミネッセンス(OSL)年代測定法は,石英や長石などの鉱物粒子から,過去数十万年間の堆積年代を求める手法である.この手法は堆積物自体から堆積年代を求めるのに有用だが,鉱物粒子が運搬・堆積過程で太陽光へ十分に露光していないと,真の堆積年代よりも古い年代が求められてしまう.本研究では,運搬・堆積過程で太陽光に露光しにくい河川性の礫層を対象に,アルカリ長石のOSL年代測定法(pIRIR年代測定法)で正確な堆積年代を求められるか検証した.その結果,統計処理をすることで,武蔵野台地の立川面群の離水年代と矛盾しない堆積年代を立川礫層から求めることができた.さらに,立川礫層の下位に存在する,年代の明らかでない青梅層から堆積年代を求めることができた.OSL年代測定法は,運搬・堆積過程で太陽光に露光しにくい,河川性の礫層から堆積年代を求められる可能性があり,時間指標の乏しい埋没した礫層の堆積年代を求める手法として期待される.

キーワード:光ルミネッセンス年代測定法,pIRIR年代測定法,立川礫層,青梅層,Minimum age model

(地理学評論 95-1 25-41 2022)

 

短報

大都市工業集積地外縁部における中小企業間交流の形成と機能
 ──
神奈川県川崎市高津区下野毛地区を事例に──

麻生紘平
筑波大学大学院生

本研究では,京浜地域の中核部をなす城南地区の外縁部である神奈川県川崎市高津区下野毛地区における小零細機械工業の集積地の形成・変容過程を明らかにし,事業主の世代交代など時間とともに変化した企業間交流の意義を検討した.下野毛地区では,1970年代より,都区内からの工場移転等により集積地が形成される過程で親睦組織が生まれ,地区内事業者間の取引も行われるようになった.1990年代より,事業主の世代交代を契機として,積極的な情報発信の取り組みなど,企業間交流が深化した.現在の企業間交流は,外注先選定,受注創出,宅地化の進展への対応としての近隣住民との交流などの機能を担っている.1970年代から醸成されてきた活発な企業間交流を可能とする気風と,第2世代によって強化された「仲間意識」の結晶化こそが,現在の下野毛地区の集積の機能性であり,時代の変化への対応を可能にする基盤となっている.

キーワード:大都市工業集積地,小零細機械工業,企業間交流,紐帯,京浜地域城南地区

(地理学評論 95-1 42-58 2022)

 

短報

飛騨山脈の立山西面における砂根山の形成

川澄隆明
四国西予ジオパーク推進協議会

飛騨山脈の立山西面では砂根山と呼ばれる尾根状の地形が山崎カール直下の浄土沢に分布し,モレーンであると指摘されたり,氷成堆積物で構成されていると説明されたりしているが,その根拠は示されていなかった.そこで,砂根山と周辺の地形・地質学的調査に基づいて,砂根山の形成過程を明らかにした.砂根山の構成礫層は,西側に隣接する弥陀ヶ原火山の降下軽石によって立山の氷河が融解して生じたラハール堆積物を主体とし,その上下に氷底堆積物を伴っている.堆積物はいずれも最終氷期前半の氷河前進期(95–47±9 ka)に浄土沢下流部に堆積したものである.これら堆積物の東側部分が最終氷期前半の氷河前進期の後(47±9 ka)から水蒸気爆発(30–18 ka)の前までの期間に浄土沢の流水によって侵食され,西側部分が水蒸気爆発で吹き飛ばされ,間に残された堆積物が砂根山を形成した.砂根山はモレーンではなく,氷河作用と火山活動および流水の侵食作用が重なって形成された尾根である.

キーワード:立山,最終氷期,モレーン,ラハール堆積物,水蒸気爆発

(地理学評論 95-1 59-74 2022)

 

短報

インド北西部ラダックにおける農村の変化

神品芳孝
京都大学大学院生

山地に住む人々は,自給自足的な農業によって生活を維持してきたが,近年山地に住む人々の生活は急速に変化している.本研究ではインド北西部ラダックにある,インダス川支流沿いの標高の異なる3つの村を事例に,農村地域の農業と土地利用の変化を明らかにした.この地域は配給によって住民の食糧が保障されており,多くの住民がラダック域内で出稼ぎ労働を行っていた.都市部へのアクセシビリティの高い村では,主食をつくる農業からより収益性の高い野菜などをつくる農業に変化していた.出稼ぎ労働を行っていても手軽に帰省できるため,多くの人が農業を行うことが予想される.加えて,ラダックでは土地を分割して相続するシステムがあり,今後は比較的小規模な土地所有形態になるのではないかと考えられた.アクセシビリティの低い村では,若い住民は就労や就学のために村を出ていたが,従来の農業が継続されていた.

キーワード:アクセシビリティ,社会変容,生業構造,農外活動,ラダック

(地理学評論 95-1 75-88 2022)