地理学評論 Vol. 94, No. 3 2021年 5月 - 日本地理学会

●――短 報
和歌山県椿山ダム建設にともなう水没移転者の人口移動研究 佐々木敏光・131‒151

日本の都市部におけるシェアサイクル運営の課題 鈴木美佳・152‒169

 

●――書 評
柴山元彦・中川昭男監修,東辻千枝子訳: イラストで学ぶ 地理と地球科学の図鑑(山田晴通)・170‒171

戸井田克己: 大潟村物語── 新生の大地・湖底のふるさと(荒井正剛)・172‒173

河原典史: カナダにおける日本人水産移民の歴史地理学研究(花木宏直)・174‒175

 

有末武夫先生のご逝去を悼む・176‒177

 

学界消息・178‒179
会  告・表紙2 および180‒186
 2021 年秋季学術大会のお知らせ(第2報)・表紙2

 

短報

和歌山県椿山ダム建設にともなう水没移転者の人口移動研究

佐々木敏光

大阪大学大学院生

本稿では,和歌山県椿山ダムの建設により水没移転を余儀なくされた人々が移転先をどのように決定したかを,属性,およびそれ以外の要因にも焦点を当てながら解明することを目的とする.ダム建設計画が発表されると,水没予定地区の住民は反対運動を起こしたが,すぐに条件闘争に切り替えた.補償交渉の過程での意見対立は人間関係の悪化を招き,地元ダム対策組織が分裂と再編成を繰り返す事例が見られ,移転先の意思決定に大きな影響を与えた.水没移転者のほとんどは,住み慣れた地域の近くに移転した.新たに仕事を見つけるには高齢で,そのため,移転前と同じ仕事に従事することを望んだことによる.林業経営者も,事業継続のため近隣地域に移転した.水没移転を人口移動の一つとしてとらえ,水没移転者の属性,人間関係等のファクターに注目しながら移転先の意思決定に至るプロセスの分析を行った結果,複数の移転パターンが明らかになった.

キーワード:和歌山県椿山ダム,水没移転,人間関係,ファクター,プロセス

(地理学評論 94-3 131-151 2021)

 

短報

日本の都市部におけるシェアサイクル運営の課題

鈴木美佳

大阪大学大学院生

本稿では自転車の共同利用システムであるシェアサイクルについて,利用目的ごとの傾向と,現状における運営上の課題を明らかにすることを目的とする.三つの都市での事例から得た利用データの分析により,通勤・通学目的での利用が多い場合は駅を発着地とする移動が多く,観光目的での利用が多い場合は地域の観光拠点を結ぶ移動が多いことが判明した.一方,主な利用目的にかかわらず,駅周辺ポートの利用数が全体に占める割合は高くなっていた.各事例の運営主体への聞取り調査からは,先行研究で指摘されている通り自転車数やポート配置の調整によって利用率は高まるものの,利用料金が廉価なためシェアサイクル事業独立で採算をとることは難しいという現状が明らかになった.持続可能性を高めるためには,既存交通を結びつける移動手段として位置づけ,行政からの支援制度を整えること,自転車専用道の整備など他の交通施策も同時に行うことがのぞまれる.

キーワード:シェアサイクル,コミュニティサイクル,地域交通,末端交通手段

(地理学評論 94-3 152-169 2021)