地理学評論 Vol. 98, No. 4 2025年 7月 - 日本地理学会

●――論 説
大分県国東半島沿岸におけるラドン・塩分曳航観測による海底地下水湧出域の推定
 齋藤 圭・大沢信二・三島壮智・網田和宏・195-208

北海道東川町における地下水管理の取組みと住民の地下水利用 河村 光・209-225

●――短 報
過疎山村における無居住寺院の維持とその限界──山梨県早川町を事例として──
 中條暁仁・226-240

●――書 評
林 紀代美:ローカルな伝統食の消費,認識,その変容
 ──北陸・魚食の「見える化」事例から(前田竜孝)・241-242

橋本雄一:新版 東南アジアの経済発展と世界金融危機
 ——アジア通貨危機からコロナショックまで(小野塚仁海)・243-244

地理教育研究会編:地理で読み解く現代世界──授業のための世界地理
 (香川貴志)・245-246

永田玲奈:みんなで学ぶ! 地球科学の教科書(松山 洋)・247-248

牛垣雄矢編:身近な地域の地理学──地誌の見方・考え方(矢ケ﨑典隆)・249-250

髙橋昂輝:多文化都市トロントにおける移民街の揺動
 ──ジェントリフィケーション・私的政府BIA・ローカル政治(山下清海)・251-252

 

山本正三先生のご逝去を悼む・253-254

 

地理学関係博士論文要旨(2024年度)・255-257

 

学界消息・258-259

日本地理学会春季学術大会および臨時総会・春季代議員会記録・260-267

会  告・表紙2 および268-271

 2025年日本地理学会秋季学術大会のお知らせ(第3報)・表紙2および268-269

 

論説

大分県国東半島沿岸におけるラドン・塩分曳航観測による海底地下水湧出域の推定

齋藤 圭・大沢信二・三島壮智・網田和宏**
京都大学大学院理学研究科附属地球熱学研究施設**秋田大学大学院理工学研究科

大分県国東半島において,離岸距離1 km以内の沿岸域にある海底地下水湧出(Submarine Groundwater Discharge: SGD)を検出するために,ラドン(222Rn)・塩分曳航観測システムとミキシング・ダイアグラムによりSGDの空間分布を推定し,地理情報との関係を中心に考察した.曳航観測距離は104.7 km,河川水,地下水調査は14地点で,それぞれ222Rn濃度,EC,水温データを収集した.その結果,国東半島南部や北部を中心にSGDが認められた.南東部一部地域では,222Rn濃度の高いSGDもしくは再循環性海水と考えられる地点も認められた.SGDが多く分布する地域の地形は上流域から海岸までの距離が短く,勾配が急峻であることが特徴であった.湧水地点が多い地域は,ため池が低密度に分布し,SGDも多く分布することから,地下水が豊富であると推定された.一方,北部や南東部は一意的な関係はみられなかった.そのため,水文解析によってため池の貯水量などを把握することが今後の課題である.

キーワード:沿岸域,海底地下水湧出,曳航観測,国東半島

(地理学評論 98-4 195-208 2025)

 

論説

北海道東川町における地下水管理の取組みと住民の地下水利用

河村 光
名古屋大学大学院生

本稿では北海道東川町を事例に,住民による地下水利用と住民や自治体が行う地下水管理の実態を明らかにした.そして,住民が個別に設置した井戸によって生活用水を得るという形態の小規模水道が成立している要因を考察し,小規模水道を維持する上で住民と自治体に求められる取組みを提示した.東川町では,町のまちづくり施策によって,人口規模が小さく分散的な集落形態が維持され,水需要が抑制されている.住民は,地下水に配慮した取組みと地下水にかかる問題を町と共有することを通じて,地下水管理の一部を担っている.町は地下水の量的・質的な管理を行うことで,住民の取組みを補完している.こうした取組みによって地域の自然・社会条件が維持され,小規模水道が成立している.小規模水道を維持するためには,住民による小規模水道の管理を自治体が補完するとともに,地域の自然条件だけでなく社会条件を維持する取組みが求められる.

キーワード:生活用水,小規模水道,地下水管理,地下水利用,東川町

(地理学評論 98-4 209-225 2025)

 

短報

過疎山村における無居住寺院の維持とその限界──山梨県早川町を事例として──

中條暁仁
静岡大学

本稿は,高齢化が進む過疎山村において活動継続の岐路にある無居住寺院を取り上げ,檀家や代務住職による維持とその限界を検討した.事例として取り上げた山梨県早川町における寺院の無居住化は,集落の過疎化にともなって1960年代から進行した.これまで無居住寺院の維持と管理に関わる日常的な見回りや見守りは近隣檀家によって担われてきたが,集落の小規模・高齢化によって困難となっている.また無居住寺院では,建造物の老朽化も懸念されている.ひとたび自然災害や獣害等によって損傷を受ければ,少数となった檀家では修復費用を捻出できずに放置され,朽廃する可能性があった.一方,代務住職は年中法要や葬祭,檀家回りを通じて寺檀関係の維持に努めていたが,空間的に分散居住する檀家には対応できず,近隣檀家に対応するのみにとどまっていた.これらのことから,無居住寺院の維持には限界が生じていることがわかった.

キーワード:宗教施設,無居住寺院,檀家,過疎山村,山梨県早川町

(地理学評論 98-4 226-240 2025)