吉野賞受賞記念講演要旨 - 日本地理学会

2024(令和6)年度

三上岳彦(東京都立大学名誉教授・客員教授)

気候変動と都市気候

 私の主たる研究テーマは,一貫して「気候変動と都市気候」である.そこで,本講演ではこれらのテーマに関して,自分自身の研究の道筋をたどりながら,なぜ気候変動や都市気候に興味を持つようになったのか,どのような手法で研究を行ってきたのか,そして何が明らかになり,何が課題として残されているのかといった点を中心に話題提供させていただきたい.
 私が気候変動に関心を持ち始めたのは,大学院博士課程に在籍中の1970年代で,当時,国内外の論文では北半球の平均気温が1940年代頃から低下傾向にあることが指摘され,巷では「氷河時代が来る」といったタイトルの本が書店に並んでいた.確かに,1963年(昭和38年)の冬は日本海側地方で稀にみる大雪となり,後に「三八豪雪」と呼ばれる異常寒冬であった.
 そうした状況で私が疑問に思ったのは,北半球の寒冷化といっても場所(地域)によっては温暖化しているところもあって,空間的に平均した結果として気温が低下しているのではないかという地理学的発想であった.毎年の気温偏差に地域差が生じるのは,大気大循環(偏西風波動)のパターンで説明できるが,長期的な気候変動も複数の循環パターンが組み合わさって起こっているのではないかと考えた.さらに,北半球スケールで過去100年間規模の気温の時空間変動動を定量的に表現するために,当時は主に計量地理学で用いられていた主成分分析(EOF解析)を適用して,学位論文「北半球における気候変動の地域差に関する動気候学的研究」を提出した.
 その後,東京大学教養学部助手となり,2年後にお茶の水女子大学地理学教室に転任したのを契機に,古日記の天候記録から江戸時代の気候を復元する歴史気候学研究に取り組むようになった.その当時,都立大学の前島郁雄教授と田上善夫助手(当時)による弘前藩日記の天候記録解読と気候復元の研究に触発され,全国スケールで歴史時代の日記天候記録を収集する取り組みを始めた.幸い,10名近くの気候研究者の協力を得て古気候復元研究会が発足し,全国各地で日記天候記録の収集が進んだ.それらをもとに,吉村 稔・山梨大学名誉教授によって構築された「歴史天候データベース」は,江戸時代の特定日の全国天気分布をネット上で表示できるなど,ユニークな研究成果を産み出した.
 1987年に東京都立大学に転任することになり,巨大都市東京のヒートアイランド解明をめざした研究に取り組むことになった.都市気候分野で従来行われてきた地方都市スケールの研究では,移動観測による気温測定が主流であったが,ヒートアイランド対策が東京都の重点施策となったこともあり,東京都内の小学校百葉箱に多数の気温ロガーを設置して3年間の定点観測を行う予算処置がとられた.METROSと名付けたこの観測システムは,エリアを首都圏全域に拡大し,科研費の補助を受けながら現在も継続中である.
 気候変動や都市気候の研究では,モデルを使った数値シミュレーションが主流となっている.しかし,50年後,100年後の将来気候を予測したり,東京のような巨大都市のヒートアイランド現象を再現したとしても,それを検証するには観測やデータによる実証的研究が不可欠である.将来を担う中堅・若手研究者には,時間と労力のかかる割に成果の出にくい手法であるかもしれないが,「実測とモデルは車の両輪」という視点を忘れずにいてもらいたい.

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