吉野賞受賞候補者選考委員会答申 - 日本地理学会

2021(令和3)年度

大村 纂(スイス連邦工科大学(ETH)名誉教授)

吉野賞受賞候補者選考委員会委員長 中川 清隆

吉野賞は日本地理学会が故 吉野正敏 筑波大学名誉教授を顕彰して新たに創設した地理的気候学分野の学術賞である.本委員会は10名の委員で構成され,そこでの慎重な審査の結果,実測および再現計算された地球のエネルギー収支に基づき,放射収支・熱収支気候学とそれに基礎を置く気候変動研究に多大な貢献をした,スイス連邦工科大学 (ETH)名誉教授で国立極地研究所顧問の大村 纂 名誉教授を,2021年度吉野賞受賞候補者に選考した.

選考理由

大村教授は1942 年生まれで,1965 年に東京大学理学部地学科地理学課程を卒業して同大学大学院理学系研究科に進学の後,1966年にカナダ・マギル大学大学院に移り北極圏の気候研究に着手し,1969年にM.Sc.の学位を取得して同大学にResearch assistant として就職した.1970 年にスイス連邦工科大学(ETH)に異動し,1972年にAssistant に昇任,1980 年にDr.sc.nat.の学位を取得してSenior assistant に昇任した.1983 年にETH の教授に就任し,2007年に同名誉教授となり現在に至っている.この間,東京大学,名古屋大学,国立極地研究所,ケンブリッジ大学,インスブルック大学等々で教授を併任し,2013年には国立極地研究所顧問に就任した.また2005年~2009年の間,国際雪氷学会長を務めた.

大村教授は,長くETH の自然地理学教室を主宰し,放射収支・熱収支気候学とそれに基礎を置く気候変動の分野で大きな成果を上げてきた.大村教授は,実験式による計算に基づいていたBudyko による地表面熱収支研究を,実測された高精度観測値に基づいて現代化することを目指し,それを成し遂げた.大村教授の研究・調査の優れた成果は,被引用回数の多い査読付き論文や,査読付き著書,そして査読付き組織的フィールド調査・研究等々として公表されている.

まず,大村教授は,北極圏のさまざまな地域の気候と熱収支を解明した.とりわけ,夏季のツンドラが北極海海氷や氷河に比べて湿潤温暖である原因がアルベドの相違による潜熱フラックスの相違に起因していることを明らかにした功績は高く評価される.採られた研究手法は,「現地での観測の傍ら世界各地における研究結果を可能な限り多く集めてそれを比較検討し法則性を見出す」吉野教授の方法論と通底するところがある.

続いて,大村教授は,世界の氷河上の放射収支・熱収支観測結果に基づいて氷河の涵養域と消耗域の境界となる均衡線を明らかにし,氷河均衡線と気候の関係を解明した.これらは,小気候学や雪氷学における重要な成果であるとともに,北極圏全域ひいては全球規模の気候変動の研究に対して多大な貢献を成すものと高く評価される.

さらに大村教授は,GEBA(全球熱収支アーカイブ) ,WCRP のBSRN(国際基準地上放射観測網)およびGCOS(全球気候観測システム)の創始者となり,その成果に基づく気候変動研究を遂行するとともに,長期にわたりこれらを運用して世界の研究者に情報を提供し続け,地球気候研究の発展に多大な貢献をした.GEBA とBSRN を結びつけながら観測に基づく放射収支・熱収支気候学をリードしてきた功績は,世界の気候研究への貢献としてきわめて大きいものがある.

大村教授は,現在も自らが主導した熱収支データベースに基づき,地球規模水文循環と10年スケール変動にも多大な貢献を続けている.前者では,地球温暖化で地球規模水文循環が強化されているはずなのに実測されるPAN 蒸発量に減少傾向が認められるという”Evaporation paradox”問題を整理して,陸面の蒸発と海面の蒸発を区分することや,観測地点周辺の環境場による熱収支の相違の効果や気温日変化と水蒸気水平移流の関係を考慮すること等,将来への貴重な指針を示した.また後者では,世界各地における全天日射の観測結果に10年スケールの変動を見出すとともにその原因が人為的エアロゾルにあることを究明した.現在,温室効果ガスの増加に伴う地球温暖化の議論が盛んであるが,これに人為的エアロゾルに起因する地球規模の日射量の増減も大きく影響を与えていることを明確に示した.

大村教授は,ETH および併任した多数の大学等において,現在各地で活躍している多数の人材を養成した.我が国の気候学・気象学界からも多数の研究者が,ETH に留学等して大村教授の薫陶を受けたり支援を受けたりした.人材育成の面における大村教授の貢献も極めて高く評価される.

大村教授は,上記のような放射収支・熱収支気候学的研究を,観測に基づく小気候からグローバル気候,さらに気候変化に至る研究として推進し,世界的業績を挙げた.また,教育および社会貢献においても卓越した貢献をした.以上の地理的気候学分野に於ける実績に鑑み,大村 纂教授を日本地理学会2021 年度吉野賞受賞候補者として選考した.

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