ハザードマップを活用した
地震被害軽減の推進に関する提言


2004年7月

日本地理学会会長
斎藤 功

阪神・淡路大震災から十年が経過し、社会的には地震防災意識の風化も危惧され、改めて防災戦略の見直しがなされるべき時期を迎えている。そのため、日本地理学会は、2003年3月に一般公開シンポジウム「災害ハザードマップと地理学−なぜ今ハザードマップか?」、2004年3月には公開シンポジウム「地震被害軽減に役立つハザードマップのあり方を考える」を開催した。

 この2度のシンポジウムは、それぞれ学会内外から多数の参加者を集め、ハザードマップ作成に関わる自然地理学の立場と、それを防災に活かす人文地理学および地理教育の立場から、被害軽減により効果的なハザードマップの在り方や適用方策について、俯瞰的・総合的見地から議論した。その結果、地域防災力向上のためにハザードマップが有効であることを再確認した。以下の提言は、これらのシンポジウムにおける議論を取り纏めたものである。

 提言の実現に向けて日本地理学会は、被害軽減のための地震防災対策の構築やその実践に関わる関連諸機関および諸学会に対し、協働の取り組みとその推進を呼びかける。また、日本地理学会は、@活断層研究の継続的推進、A土地条件図や地理情報システム等、地理学的知見のハザードマップ作りへの適用、B生涯学習の場における防災教育、C地理教育における体系的防災教育の実現、等において具体的な取り組みを強化する。



(提言)

自然環境と人間生活との適正な共存関係を探究してきた日本地理学会は、地震防災が直面する問題解決に向け、地理学的視点から以下の4項目を提言する。

(1)陸域の活断層が起こす地震の被害軽減策のひとつとして、活断層の位置を考慮した適切な土地利用の検討が必要であるが、未だにその検討が十分行われていない。このような問題を解決する第一歩として、政府及び関連機関は、活断層の高精度な位置情報を取得するための活断層調査を強力に推進し、その結果を適正に公開していくべきである。

(2)現状の地震動予測地図にはリアリティーが乏しい。地域防災力向上のためには、災害イメージを具体的に実感できる詳細なハザードマップの作成が必要であり、その際には、地点ごとのハザード評価に役立つ土地条件図や、可視化に優れた地理情報システム(GIS)を有効に活用すべきである。

(3)地域防災力を高めるための啓発材料として、ハザードマップを広く普及させる必要がある。そのため、ハザードマップの理解を深めるための生涯学習が、地域社会において強力に推進されるべきである。

(4)将来を担う子供達の災害対応力を高めるため、ハザードマップを活用した防災教育が重要である。災害発生の場となる郷土の地域性を正しく理解した体系的防災教育が、地理教育など学校教育の場において推進されるべきである。


(説明)

(1) 陸域の活断層が起こす地震の被害軽減策のひとつとして、活断層の位置を考慮した適切な土地利用の検討が必要であるが、未だにその検討が十分行われていない。このような問題を解決する第一歩として、政府及び関連機関は、活断層の高精度な位置情報を取得するための活断層調査を強力に推進し、その結果を適正に公開していくべきである。


日本地理学会は、活断層の発見や分布の解明に1970年代から取り組み、多くの活断層研究者を輩出してきた。活断層が原因となった阪神・淡路大震災から十年を経て、社会的には地震防災意識の風化も危惧される中、活断層への防災戦略も一向に見通しが立っていない。

 地震調査研究推進本部による「全国を概観した確率論的地震動予測地図」は、全国的な地震動発生ポテンシャルの大小を合理的に把握することができるものとして、その作成に大きな意義がある。しかしその一方で、解析単位が粗いことから地点ごとの危険性を必ずしも十分把握できず、例えば活断層近傍における強震動発生域(例えば「震災の帯」)に対する注意喚起にはつながらない。また、地震動に対しては広域的な耐震構造化と同時に、活断層近傍の土地利用上の配慮等、地域ごとの対応が不可欠であるが、上記の地震動予測地図では活断層の危険性が見えにくく、活断層近傍の土地利用上の配慮等がむしろ看過されることを助長する恐れがある。
 活断層直上に位置する構造物は、どのような堅牢なものでも、ひとたび活断層が活動すると破壊を免れることは困難である。現在、日本全国で活断層直上に位置する学校・病院は数百に及ぶ可能性があることが指摘されている。今後、このような危険な土地利用を繰り返さないために、活断層近傍における学校・病院等の公共的施設、危険物取り扱い施設、主要ライフライン等の建設に先立っては詳細な地質調査を義務づけ、活断層が発見された場合、それを避け、あるいは考慮して構造物を建設することを可能にするべきである。

図1 地震調査研究推進本部による基盤的調査観測の対象活断層

 現時点において、日本の主要な活断層の分布の概要は判明している。しかし、建築・建造物の配置を議論するために必要な活断層の位置情報を取得するためには、今後新たな調査が必要である。伏在断層等、一部の活断層については詳細な位置を確定することが容易でないが、肝心なことは大半の活断層ではこれが容易であるということである。それにも関わらず調査をせず、危険性を看過することは不適当である。日本地理学会は、今後も活断層位置情報のさらなる高精度取得に務めると同時に、断層剪断破壊と撓曲変形の複合による被害の詳細予測にも貢献するため、「詳細地震地殻変動図」「微地形地盤図」等の作成に取り組んでいく。

 
図2 活断層上に学校が存在することを示す1:25000都市圏活断層図「大阪西北部」(中田ほか,1996)


図3 建築物・構造物と活断層との詳細な位置関係を示した地図(原図の縮尺は1:10000)(松山・岡田,1991)



(2) 現状の地震動予測地図にはリアリティーが乏しい。地域防災力向上のためには、災害イメージを具体的に実感できる詳細なハザードマップの作成が必要であり、その際には、地点ごとのハザード評価に役立つ土地条件図や、可視化に優れた地理情報システム(GIS)を有効に活用すべきである。

 「全国を概観した確率論的地震動予測地図」の作成によって、日本の地震ハザード評価は大きく進化・展開し、地震動発生危険性の周知が全国的に図られるようになる。しかし今回作成されるものは、あくまで全国を概観するためのものであり、個々の地点における評価結果を示しているわけではない。今後は、50mメッシュ程度の詳細な地震動予測地図が作成されることになり、その役割は地方自治体に委ねられていくことになる。詳細な地震動予測地図は、直接、住民に地震動のハザードを伝える役割を果たす重要なものであるため、地方自治体はその作成を積極的に行うことが望まれる。
 詳細な地震動予測地図を作成するに当たっては、単純にボーリングデータ等のみに依存しないで、地理学の成果である「土地条件図」や「地形分類図」を効果的に利用することが必要である。そのため、こうした地図の全国的な整備を早急に推進すべきである。


図4 微地形地盤図(原図は1:2500。青色は盛土、橙色は切土の厚さ。単位m)(海津,2004)

 さらに、地理情報システム(GIS)を活用することによって、多様な情報を盛り込んだ実践的なハザードマップ作成が可能になる。地理データの境界条件の設定法や、位置情報精度の適正な管理等、地理学及び地理情報科学の新たな研究の進展が望まれる。
 ハザード情報の公開は様々な社会問題を誘発するために慎重な意見もある。しかし、地震被害軽減には自助努力が不可欠であり、それを適正水準に高めるための情報としてハザード情報はもっとも基本的なものである。洪水や土砂災害対策においても、同様なハザード情報の公開が関連法規によって義務化されていることからも、地震に関する詳細なハザードマップ作成と公開は今や当然のことであり、急務である。
日本地理学会は、詳細なスケールのハザードマップを作成するために重要な上述の研究を、今後も強力に推進する。

図5 GISを用いて表示した1:25000土地条件図(国土地理院)



(3)地域防災力を高めるための啓発材料として、ハザードマップを広く普及させる必要がある。そのため、ハザードマップの理解を深めるための生涯学習が、地域社会において強力に推進されるべきである。

 地震ハザードマップを活用して、防災まちづくりなどの災害予防策を推進するためには、行政職員や市民一人一人がハザードマップから具体的な地震災害イメージを描けることが重要である。そうした理解を通じ、具体的なまちづくりや宅地開発等のあり方を議論することが、被害軽減にとっては不可欠となる。
 被害軽減策の社会的合意を得ることは容易ではないが、まずは生涯学習を充実させ、住民が学習する機会・議論する機会を十分に確保する必要がある。住民による危険度マップ作りなど様々な取り組みが既に行われており、このような機会にハザードマップを用いて地域のハザード情報の理解を深めることが重要であり、そのためにも、活断層情報や土地条件のみならず、現在の土地利用状況などに関する多様な地図情報を整備し、こうした地域防災活動の機会に活用できるようにしておく必要がある。
 日本地理学会は、地方自治体等と協働で生涯学習に積極的に取り組み、「実現すべき防災水準」に関する社会的合意形成に向けて、関連する諸分野との連携を目指す。




(4) 将来を担う子供達の災害対応力を高めるため、ハザードマップを活用した防災教育が重要である。災害発生の場となる郷土の地域性を正しく理解した体系的防災教育が、地理教育など学校教育の場において推進されるべきである。

 地域の防災力向上には、短期的視点と中長期的視点の両方が必要である。後者の重要性を考えたとき、将来を担う子供達の防災教育は重要である。十年後、二十年後の災害に備えるためには、早急に学校での防災教育を推進することが急務である。都市や地域社会が経時的に変化していく中、長期的かつ継続的に防災教育に取り組むことが重要であり、小学校高学年、中学校、高等学校、さらに大学における体系的な防災教育システムの構築が必要である。
 現在、応急的措置として、総合的学習の時間等を通じた防災教育が提案されているが、防災力向上に向けては、自然のメカニズムから社会動向、人間の心理に至るまで、俯瞰型・総合的な視点が必要であり、「体系化された防災教育」においてこそ実現可能なものである。地理教育としての地域学習に多大な手法と知見を有する日本地理学会では、学校での地理教育における防災教育・学習システムの充実のために、新たな指導要領の整備を要請するとともに、地理教育及び総合学習に合わせた教材作成や学習システムを提案していく。同時に、学校教育において担当する教員を対象とする教育研修の支援を強力に推進する。




日本地理学会災害対応委員会

委員長 遠藤邦彦(日本大学)
委員  宇根 寛(国土地理院)、坂上寛之(ファルコン)、佐藤照子(防災科学技術研究所)、
    須貝俊彦(東京大学)、鈴木毅彦(東京都立大学)、鈴木康弘(名古屋大学)、
    
高沢信司(国土交通省)、塚本 哲(国際航業)、中林一樹(東京都立大学)、
    
平井幸広(専修大学)、古瀬勇一(ファルコン)、村山良之(東北大学)


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