地理学評論 Vol. 90, No. 6 2017 年 11 月 - 日本地理学会

●―論 説
長野県須坂市における果樹農業の品種更新プロセス 羽田 司・555‒577

●―短 報
外食産業再編期における飲食店の立地動向──2000年代の和歌山市を例として── 郭 凱鴻・578‒589
さいたま市におけるスマートシティ政策を通した次世代自動車の普及 本多広樹・590‒606
1990年代以降の米国カリフォルニア州の稲作の変化──日本の米輸入とジャポニカ米需要の高まりに絡めて── 川久保篤志・607‒624

●―書 評
アンドレ・ウルフ著,鍛原多恵子訳: フンボルトの冒険――̶̶自然という〈生命の網〉の発明(佐々木 博)・625‒626
窪田憲子・木下 卓・久守和子編:旅にとり憑かれたイギリス人―トラヴェルライティングを読む(成瀬 厚)・626‒629
金坂清則: イザベラ・バードと日本の旅――再評価(溝口常俊)・629‒631
渡久地 健: サンゴ礁の人文地理学――奄美・沖縄,生きられる海と描かれた自然(長谷川 均)・631‒633

石井素介先生のご逝去を悼む・634‒635
学界消息・636‒637
会  告・表紙2および638‒642
2018 年春季学術大会のお知らせ(第2報)・表紙2

 

要旨を見る

論説

長野県須坂市における果樹農業の品種更新プロセス

羽田 司
筑波大学大学院生

本研究はあらためて重要性を増している新品種の普及プロセスの解明を試みた.その際,イノベーションの普及研究で欠落していた「連続性」と「マーケティング」の視点を取り入れた.結果,既知の事実が再確認されるとともに,以下の新たな知見が得られた.革新的とされる農家には,「恒常的に革新的な農家」と「一時的に革新的な農家」が存在した.前者は新品種の情報に精通した相手へ主体的に接触し,新品種の取引価格が最高値の時に収益を最大限にできるように行動していた.一方,後者は農業経営の転換期や社会的立場から模範的に早期の品種更新を行っていた.また,農家の出荷形態と新品種の普及には密接な関係性がみられた.農協共販を志向する農家では農協の推奨品種となることで新品種が短期間で普及する一方,贈答用を中心とする宅配を志向する農家では既存品種のみの栽培でも収益を獲得でき,知名度の低い新品種の普及は緩慢となっていた.

キーワード:新品種の普及,出荷形態,情報交換,果樹,長野県須坂市

(地理学評論 90-6 555-577 2017)

 

短報

外食産業再編期における飲食店の立地動向──2000年代の和歌山市を例として──

郭 凱鴻
立命館大学大学院生

2000年代の外食産業は,飲食店の店舗数が大きく減少する中で,1店舗当たりの従業者数が拡大したことに特徴づけられる.本研究では,地方都市の和歌山市を対象地域として,外食産業の再編期における飲食店の立地動向を,経営形態別(チェーン店と単独店)と業種別に検討した.その結果,チェーン店の主体を成す一般飲食店と専門料理店は市中心部で減少し,郊外の主要道路沿線とショッピングセンターで増加する傾向にあった.一方,単独店は店舗数を大きく減らしながらも市中心部に集中する立地特性を維持していた.また,居酒屋等は経営形態にかかわらず,JR和歌山駅の周辺に集中する傾向がみられた.

キーワード:飲食店,チェーン店,単独店,商業集積地,和歌山市

(地理学評論 90-6 578-589 2017)

 

 

さいたま市におけるスマートシティ政策を通した次世代自動車の普及

本多広樹
筑波大学大学院生

本稿では,さいたま市における次世代自動車の活用に着目し,スマートシティ政策の下での技術イノベーションとしての次世代自動車の普及要因を解明することを目的とした.そして,行政や企業・団体,個人を対象に,実際のユーザーの視点から,次世代自動車の活用方法や主体間関係が普及に与える影響を考察した.さいたま市は,他の都市に先駆けて次世代自動車の活用に着目した.当初は行政や一部の企業のみが次世代自動車を活用していたが,時間の経過とともにその数は増加した.その際には,従来の経済的メリットに限らず,環境性能や自動車としての性能,生活の利便性向上といった新たな視点が契機となった.さらに,他の主体から影響を受けていた主体が,別の主体に影響を与えるように変化した場合もあった.結果として,さまざまな活用方法や主体間の相互作用を通した,次世代自動車を活用する主体の増加が,さいたま市における次世代自動車の普及に繋がった.

キーワード:次世代自動車,スマートシティ,技術イノベーション,さいたま市

(地理学評論 90-6 590-606 2017)

 

 

1990年代以降の米国カリフォルニア州の稲作の変化──日本の米輸入とジャポニカ米需要の高まりに絡めて──

川久保篤志
東洋大学法学部

本稿は,GATTウルグアイラウンド合意によって米国からミニマムアクセス米が輸入され始めて20年以上経過した現在の米国の米需給と産地の動向を検討したものである.その結果,対日輸出基地であるカリフォルニア州では,①国内外市場の拡大で史上最高レベルの生産量と収益性を維持していること,②水利条件の制約で現在以上に栽培面積を拡大できないこと,③生産の中心は中粒米で,日本食ブーム下でも短粒米市場は拡大していないこと,④短粒米の中でも日本品種は栽培が難しく低収量なため積極的な栽培はみられないこと,が明らかになった.つまり,現在の米国では米の輸出圧力は小さく,かつ日本市場に合う短粒米の増産は期待できないので,現状の管理貿易の維持が米国にとっても最善の策であると考えられる.

キーワード:カリフォルニア州,稲作,サクラメントバレー,栽培品種,対日輸出,日本食ブーム

(地理学評論 90-6 607-624 2017)