地理学評論 Vol. 90, No. 5 2017 年 9 月 - 日本地理学会

●―論 説
ゴーヤー消費拡大に伴う生産・出荷体制の変容──沖縄県糸満市を事例に── 星川真樹・437‒458
 
●―短 報
熊本県芦北町黒岩集落における人工林化にともなう山腹斜面景観の変容──焼畑農業衰退前後の就業動向に着目して── ?田国光・459‒474
伊勢平野中部,志登茂川左岸における浜堤列の発達過程 佐藤善輝・小野映介・475‒490
八丈島におけるスダジイ集団枯損の空間分布とその地形依存性 吉田圭一郎・杉山ちひろ・491‒503
浄土真宗本願寺派門徒による大谷本廟での納骨・読経に関する空間構造 桐村 喬・高木正朗・504‒517
 
●―書 評
岩間信之編著: 都市のフードデザート問題――ソーシャル・キャピタルの低下が招く街なかの「食の砂漠」(中村 努)・518‒519
呉羽正昭: スキーリゾートの発展プロセス――日本とオーストリアの比較研究(白坂 蕃)・519‒523
金田章裕: タウンシップ――土地計画の伝播と変容(千葉立也)・523‒526
?田国光: 農地管理と村落社会――社会ネットワーク分析からのアプローチ(後藤拓也)・526‒528
 
吉野正敏先生のご逝去を悼む・529‒530
2017年日本地理学会秋季学術大会プログラム・531‒547
学界消息・548
2017年度公益社団法人日本地理学会定時総会記事・549‒552
会  告・表紙2および553‒554
2018年春季学術大会のお知らせ(第1報)・表紙2
 
 
 
 

論説

ゴーヤー消費拡大に伴う生産・出荷体制の変容──沖縄県糸満市を事例に──

星川真樹
山梨大学非常勤

本稿では,1993年にウリミバエが撲滅されるまで沖縄県内でのみ流通していたゴーヤーが県外向けに生産・出荷がシフトする過程で,沖縄県の野菜生産農家の経営や生産・出荷体制にどのような変革やインパクトが生じたのかを動態的に地理学的視点から明らかにした.県内有数の野菜産地である糸満市では,ゴーヤー品種の改良,補助事業による施設園芸の促進,生産技術や県外向け出荷規格への順応など,行政・JA・民間・農家がハードとソフトの両面において連携し,ゴーヤーの出荷拡大を後押ししていた.ゴーヤーの出荷先が県内外で多様化したことで,沖縄県の野菜農家が主体的に市場を見極めながら,出荷先を開拓,選択できる新たな経営形態への展開がみられた.ゴーヤー生産拡大は,単に新たな県外向け生産・出荷体制を構築したのではなく,沖縄県の野菜農家が本土の遠隔野菜供給者として再始動するための,新たな基盤整備に大きく寄与していた.

キーワード:ゴーヤー,農家経営,野菜生産,出荷体制,沖縄県

(地理学評論 90-5 437-458 2017)

 

短報

熊本県芦北町黒岩集落における人工林化にともなう山腹斜面景観の変容──焼畑農業衰退前後の就業動向に着目して──

?田国光
金沢大学

本研究は,山腹斜面に人工林の卓越する景観が形成されてきたプロセスを,複合的に展開する生業活動と転出入をともなう就業動向を分析することから明らかにした.研究対象地域はかつて木場作と呼ばれる林業前作型の焼畑農業とマツ短伐期林業が営まれていた熊本県芦北町黒岩集落とした.その結果,人工林が卓越する景観となった要因として,就業地の遠隔化などで世帯員が減少したりする中で木場作から得られる生産物の役割が変化したことが大きく,マツクイムシの被害も相まってマツ短伐期林業の前作的な役割であった木場作が中止された.そして,林地や畑地など多様な土地利用から,スギ・ヒノキの人工林が卓越する土地利用が形成された.他方,面積は小さいものの自給的生産や小規模な販売目的の農業生産を通じた山腹斜面の利用は継続されている.景観は異なるものとなったが,住民の山腹斜面への関わり方は地域内外の需要に応じて利用形態を変容させるというもので一貫していた.

キーワード:土地利用,焼畑農業,出稼ぎ,人工林,熊本県芦北町

(地理学評論 90-5 459-474 2017)

伊勢平野中部,志登茂川左岸における浜堤列の発達過程

佐藤善輝・小野映介**
産業技術総合研究所地質情報研究部門,**新潟大学教育学部

伊勢平野中部の志登茂川左岸において,地質調査,堆積物の放射性炭素年代測定および珪藻化石分析を行い,完新世後期における浜堤の地形発達過程を明らかにした.当地域には4列の浜堤が認められ,内陸側の浜堤Iの閉塞完了時期が最も古く,海側の浜堤IVが最も新しい.浜堤Iは,5,700~6,000 cal BPまでに後背地の閉塞を完了した.浜堤IIは3,300 cal BP頃に形成を開始し,2,700 cal BP頃に閉塞を完了した.浜堤IIIは少なくとも1,500~2,200 cal BP頃までには閉塞を完了した.浜堤IVは現成の浜堤である.浜堤Iの形成時期には,対象地域南方の雲出川下流低地で浜堤の発達が認められない.これは両低地間における埋没平坦面の有無,河川営力の相対的な大きさの違いを反映している可能性がある.また,浜堤IIおよびIIIの形成完了時期は雲出川下流低地と一致しており,1,500~3,000 cal BP頃にかけて伊勢平野中部の広域でほぼ一様に浜堤の発達が進んだことを示唆する.

キーワード:地形発達,浜堤,伊勢平野,珪藻化石,14C年代測定

(地理学評論 90-5 475-490 2017)

八丈島におけるスダジイ集団枯損の空間分布とその地形依存性

吉田圭一郎・杉山ちひろ**
横浜国立大学教育学部,**元横浜国立大学大学院生

本研究では,2010年に八丈島で発生したスダジイの集団枯損と立地条件や植生構造との関連性を明らかにすることを目的とした.地理情報システム(GIS)による解析から,枯損したスダジイは三原山の南西向き斜面の尾根上に偏って分布する傾向があった.南西向き斜面と北東向き斜面とで主要な構成種は共通しており,サイズの大きなスダジイの幹密度や胸高断面積合計はほぼ同等であった.したがって,スダジイの集団枯損の地域的な差異は,被害を受ける樹種の優占度や大径木の出現頻度といった植生構造の違いにより生じたものではないことが示唆される.ブナ科樹木の萎凋枯死現象は,カシノナガキクイムシが媒介する共生菌により通水阻害が引き起こされることで被害が生じる.これらのことから,八丈島では2010年の梅雨明け直後に卓越した乾燥環境が起因となり,より乾燥した立地条件となる南西向き斜面の尾根上を中心に,スダジイが一斉に枯損したものと推察された.

キーワード:萎凋枯死現象,スダジイ,集団枯損,地形,八丈島

(地理学評論 90-5 491-503 2017)

浄土真宗本願寺派門徒による大谷本廟での納骨・読経に関する空間構造

桐村 喬・高木正朗**
皇學館大学文学部,**立命館大学産業社会学部

本研究の目的は,浄土真宗本願寺派の本山墓地である大谷本廟を対象として,大谷本廟に対する納骨および読経の申込者の分布から,本山に対する信者の宗教活動の空間構造の解明を試みるとともに,離郷門徒に注目して宗教的行動の特徴を明らかにすることである.分析の結果,合葬形式である祖壇への納骨の申込みは二大都市圏で多く,納骨堂である無量寿堂への納骨の申込みは非大都市圏で多い傾向が認められた.また,二大都市圏に居住する離郷門徒とそれ以外の門徒(在郷門徒)とで納骨先を集計すると,在郷門徒ほど祖壇納骨が多くなった.その背景として,無量寿堂に区画を持たない寺院の多さと,合葬形式である祖壇納骨の相対的な受容という要因が考えられた.さらに,読経申込みの頻度は本山のある京都府から近いほど高頻度になる傾向があり,宗教的行動の特徴よりも本山との近接性によって地域差が生じていると考えられた.

キーワード:本山墓地,納骨堂,離郷門徒,納骨,読経

(地理学評論 90-5 504-517 2017)